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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)143号 判決

(争いのない事実)

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が、いずれも、原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、まず、本件審決が、本願考案をもつて、審決認定の二周知例から当業者の容易に考えうべきものであり、旧実用新案法第一条の登録要件を具備しない、としたことを誤りである旨主張するが、原告の右主張事実を肯認することはできない。すなわち、(一)花莚に捺染模様を形成したもの及び(二)織物の表面に接着剤を模様状に塗布し、その上に短繊維を植立接着して模様を形成したものが、いずれも本願考案出願前周知であることが当事者間に争いのない事実である以上、このような技術水準のもとにおいてこれらの周知例から、本願考案の要旨のような花莚の構造を考案することは、当業者にとつて、必ずしも特段の考案力を要せず、容易にこれをすることができるものと認めるのが相当であり、これを左右するに足る資料はない。原告訴訟代理人は、この点に関し、花莚と織布とでは素材の性質を異にし、それに伴い模様形成の技術において著大な差異がある旨(前掲請求原因の項四の(一))主張するが、両者は素材の性質を異にするとはいえ、広義における織物としての性質、用途を共通にするものがあることは顕著の事実であるばかりでなく、仮に、花莚に本願のとおりの模様を形成する技術的過程において、原告主張のとおりの準備加工その他織布の場合とは異つた技術的考慮を要するとしても、それらは、本願考案を現実の商品の上に具現する過程としての技術であり、本願考案の要旨である花莚の構造そのものに特有の技術的特性ということはできないから、その主張のような差異があるからといつて、前説示をくつがえし、本願考案が前掲周知例からは容易になしえないものであるとすることはできず、本件審決の認定を誤りであるとする原告の主張は当を得たものということはできない。

また、原告訴訟代理人は、本件審決の接着剤に関する認定を誤りである旨主張する(前掲請求原因の項四の(二))。しかしながら、当事者間に争いのない本願考案の要旨に徴するも、植毛模様形成のための接着剤については、本件審決認定のとおり、格別の限定があるものと認めることはできないばかりでなく、本願における接着剤使用の効果として主張するところのものも、いわゆる植毛加工に一般に使用される合成樹脂接着剤を含む普通接着剤を使用した場合に通常得られる効果と比較し、特段の差異があるものとも認めることはできないから、原告のこの点に関する主張も理由がないものといわざるをえない。

なお、原告訴訟代理人は、従来の特許庁における取扱例を挙げて、本願に関する審査審判が過酷であり、えこひいきにすぎると非難するが、そのような取扱例があつたからといつて、本件審決に違法があるとすることができないことは勿論、これをもつて、不公平と非難するも当を得ないものであることは、多くの説明を要しないことであろう。けだし、ある考案が登録要件を具備するかどうかの判断は、常に個別的、具体的に決せられるものであることは、いうまでもないことだからである。

(むすび)

三 以上のとおりであるから、その主張のような事実誤認の違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないものというほかはない。

〔編註その一〕 本件における原告の主張は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三十年十一月十九日、「花莚」につき実用新案登録出願(同年実用新案登録願第五二、九一一号)をしたところ、昭和三十二年十二月十四日、拒絶査定を受けたので、昭和三十三年一月十八日、抗告審判を請求(同年抗告審判第一八七号)したが、昭和三十七年七月三十日、「本件抗告審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年八月八日、原告に送達された。

二 本願考案の要旨

別紙図面に示すように、ござ1を生地とし、これに接着剤2を塗布し、該接着剤上に天然又は人造の短い繊維3を植立して接着して模様4を表現してなる花莚の構造。

三 本件審決理由の要点

本件審決は、本願考案の要旨を前項掲記のとおりと認定したうえ、(一)花莚に捺染模様を形成したもの及び(二)織物の表面に接着剤を模様状に塗布し、その上に短繊維を植立接着して模様を形成したものが共に本願出願前周知であるところ、右(一)のものは、ござ生地に模様を捺染によつて形成したものであるに対し、本願のものは、模様を短繊維の植立接着によつて形成した点において差異はあるが、本来、花莚は、藺草などを用いた織物の一種であり、技術的に組織により、又は捺染により表面に模様を形成する点も普通の織物と同様であるから、前記(一)における捺染模様の代りに前記(二)の周知例のような短繊維の植立模様を形成することは、前掲(一)、(二)の周知例から、当業者の容易に考えうるところであるのみならず、捺染は、一般に、染料又は顔料を混入したいわゆる捺染糊を模様状に塗布して形成するものであるに対し、短繊維の植立接着模様は、接着剤により短繊維を接着させるものであるから、いずれも糊料又は接着剤の種類により乾燥仕上げの方法を異にし、接着剤の種類を要旨としない本願のものが、乾燥仕上げの点において、特に効果があるものと認めることはできないので、本願考案は、旧実用新案法(大正十年法律第九十七号。以下同じ)第一条の考案をしたものと認めがたく、同条の登録要件を具備しないものである、としている。

四 本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、次の点において違法であり、取り消されるべきである。

(一) 花莚に捺染模様を形成したもの及び織物の表面に接着剤を模様状に塗布し、その上に短繊維を植立接着して模様を形成したものが本願出願前周知であつたことは争わないが、本願考案と周知例の織物の場合とでは、模様形成の技術において大きい差異があるにかかわらず、本件審決はこれを看過し、本願考案をもつて、右周知例から容易に推考しうべきものとしたのは誤りである。

紡織繊維は、(1)幅八ミクロンから五十ミクロンまでの細いものであり、(2)表面の摩擦又は天然の捩れによつて互に抱合し、(3)多孔性で染料や接着剤をよく吸収する性質があるが、花莚の藺は、(1)直径〇・七~二・〇mmに及び、太さが大であり、(2)抱合する性質がなく、(3)表面が滑らかで染料、接着剤を吸収しにくいなど、両者は、その性質を全く異にする。このように、織布は吸着力に富み、繊維は細く、織目は比較的にあらく、空隙が多いから、接着剤は容易に織布の組織中に浸入して吸着され、しかも、各繊維は細いので接着剤が容易にこれを取り囲み、接着が容易かつ強固なので、これに短繊維を接着することも、また極めて容易であり、かつ、その接着は強固である。そのうえ、百四十度近くの熱を三分位加えて乾燥させることができる。したがつて、花莚の電気植毛に要求されるような準備処理の必要はない。これに反し、花莚の藺は、滑面で気孔がほとんどなく、接着剤がはがれやすく、そのうえ、径が太く、しかも花莚としては極めて緻密に織成されているから、施した接着剤は、花莚藺の裏面にまつわることができず、表面だけに附着しているので、はがれやすく、これを克服するために必ず準備加工を必要とする。また、藺草は刈り取つたとき、直ちに洗土と称する泥水につけて泥まみれとし、そのまま直ちに天日で乾燥するため、外皮の凹条に洗土が入つたまま乾燥しているので、これに接着剤を施すと、接着剤を多量に消費し、しかも剥脱しやすい欠点を生じ使い物にならないから、洗土をまず剥奪除去することも必要である。このような準備工程は、織布においては全く必要のないことである。いま、植毛用ゴザの織成作業についてこれをみるに、まず、硫黄を燃やして亜硫酸ガスで藺草を処理し、その表皮を荒びさせると同時に、その色をいく分淡くさせて上品な色とし、できるだけ、材料の固有の色を均一化し、次に、これを水に浸し、水から引き上げて一時間から三時間位放置して太らせ、その日のうちに(冬は翌日でもよい)、これを花莚に織り、織り上げたら、これを練磨機にかける。練磨機の要部はしゆろで作つたブラシで、これをゴザの織目に沿うて摺接させ、藺の表面に附着している洗土及び不純物を剥落し、かつ、表皮をいく分か引掻いて微細な疵をつけ、しかるのち、これを外気に当て、日光で乾燥し、貯蔵可能にする。フロツキ加工作業においては、まず、さらに前記ブラシをかけて洗土、不純物を除去する。テーブルセンターの場合は織成物を三〇cm、四五cmなど所要寸法に切断する。次に、これをローラーにかけて平らにしたうえ、接着剤を柄に応じ特殊な型によつて施したのち、電気植毛を行い、なるべく乾燥機で温風により乾かした後、別の練磨機にかけて植毛されなかつた余分の毛を落し、同時に藺面に光沢を与える。落ちた毛は、真空クリーナーで除去する。続いて色ちがいの植毛を施す。最後に、蒸気熱風により偏平化された藺草をもとの形にもどす。要すれば、もう一度真空クリーナーで清掃し、ブラシで光沢を与える。このようにして製品とする。以上のような次第であるから、織布のフロツキの技術をそのままもつてきても、以上のような準備加工を施さなければ、使い物にならない。織布の植毛と花莚の植毛とでは、このように、技術的に甚しい差異があるのであるから、後者が前者から当業者の容易になしうるとする本件審決の認定は誤りである。

(二) 本件審決は、本願考案における接着剤に関する認定を誤つた。すなわち、原告は、本願の出願に当たり、花莚業界においては勿論、一般に「接着剤」といえば、「合成樹脂接着剤」を意味するところから、接着材料のうち合成樹脂接着剤と限定し、これにより、(1)蒸気蒸し、天然乾燥(広い場所で晴天に外気に当てて乾燥すること)等の手数工数を要せず、速やかに乾燥が行われ、(2)藺草を弱化させたり変色させることなく、(3)色が定着し、捺染模様のように、落ちたり、他の物に着いたりすることなく、(4)強固で、(5)美しい色彩模様となるという効果を奏する旨を説明書に明記したにかかわらず、本件審決は、「接着剤」を広く解釈し、糊、膠又はペイントの類までもその概念中に導入したのは、本願の実体を故意に誤認したものであり、上記のような効果を否定したのは判断を誤つたものである。

(三) なお、実際の取扱例を見るに、

(1) 昭和三八年実用新案出願公告第二七、六七一号(甲第五号証)は、「長さ方向に連続する多数の細管より成る軟質合成樹脂管の連続敷物」であり、その改良案として昭和三九年実用新案出願公告第七、七七六号(甲第六号証)は、「軟質合成樹脂管を多数連設して成る板状体の片面に無数の短繊維を扶植し、叢毛面を形成して成る叢毛を有する塩化ビニールのクツシヨンシート」と記載し、その効果として、毛面を敷物に使用すれば、絨緞の感触を与えるなどとも記載されているが、短繊維の植毛についても、接着剤についても何ら限定していないが、それによつて拒絶されておらず、

(2) 昭和三十五年五月十六日公告の昭和三十五年実用新案出願公告第一〇、二五九号(甲第七号証)の改良としての昭和三九年実用新案出願公告第一五六号(甲第八号証)は、「前記の………において、錯酸ビニール又はラテツクス等の糊を用い色彩を施した人絹、スフ、化繊等の短繊維を植毛した敷物」として登録されている。これは生地こそ本願と異るが、出願当時前者によりすでに公知のものであり、しかも、改良部分という短繊維植毛の点においては、一般花莚に対する本願と軌を同じくするものであるが、当業者が容易になしうるものとは認定されていない。しかるに、これらより遥かに先の出願である本願について、周知例から容易になしうるとされた理由は理解することができない。このような過酷な審理は、余りにもえこひいきの沙汰といわざるをえない。

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

<省略>

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